大家さんご夫婦

この事務所を借りてから、ここの大家さん(60歳代)が三ケ月に一度は夫婦で連れ立って訪ねてくる。

お部屋を借りたことがないから「そんなものなのかナー」と思っていた。  

ご夫婦は二人で私が借りている事務所の中(共用部分ではない)の掃除を始めるのだ。

収納庫からバケツや雑巾を持ってきて、床のPタイルをしゃがんで雑巾がけする。

これには困った。ハッキリ言って迷惑だと思った。

その間私は気が散って何も出来ない。

大家さんだから(やめて下さい)とも言えず、(当時はまだ気が弱く)イライラしながら我慢していた。

私が借りて、お家賃をお支払いしているのに、これでは仕事にならない。

(仕事?開店してまだ間がないから仕事はない。そうだ、読書、読書が出来ない。2階の金融屋さんには掃除に行かないようだ)

大家さんは「ここは自分のもの」という気持ちが強く、綺麗にしたいのだろ、賃借人の事はお構いなし。

(大家さんにとっては初めての持ちビルで賃貸も初めての事らしい)

掃除が終わると二人して椅子に座り、話始める。           

大家さんはこの場所で「はんこ屋さん」をしていたらしい。ご夫婦と二人のお子さんがいて、ご自身の人生の大半をこの場所で過ごしたと言う。

ご近所の事も、隣の人は・・その先の人は・・と色々話すので、私もご近所通になった。

この事務所は前面道路拡幅の為、道路に面したこの近辺の人々は土地収用があり、収用部分の家屋を削って東京都が買い上げたらしい。

その時代、バブルの頃で一坪7,000万円だったとか、(ビックリ)大金が入った大家さんは、結婚していた子供と自分たち夫婦の家2軒を郊外で購入し、且この場所に4階建てのビルを建て、賃貸を始めた。

その1階を私が借りた。と言う訳だ。

土地収用は税の特例もあり、幸運な大家さんです。

郊外の新しい戸建てに引っ越したとはいえ、ご自身が長年住んでいたこの場所にも思い入れが深くこうして3ヶ月に1回は来てお掃除する。

しかし、貸しているんだから諦めて欲しい。

私はお掃除は手伝わない。

(大家さんは2年位して来なくなった)             

この近辺の人々も同様で、土地収用で大金が入り、別の所に引っ越した人、ビルに建て替えそのまま住んでいる人、とか色々で、周辺は、そんな話題で盛り上がっている。

その様な土地収用の事をよく知っている人は、道路計画のある場所に次々と移り住み、1回だけではなく、2回3回と都に高値で買ってもらっている人も居るらしい。

「あの建物がそうだ」と近所の人が教えてくれる。

私は住宅地に住んでいるので、そうした話はないが、住む場所が違えば色々な事があるものだ、と驚いた。