お2階さんは金融屋

この事務所は1階だけれど、2階には金融業の事務所が入っている。いわゆる「金貸し」。

事務所を借りる当時の私は、(又、笑われるかもしれないが)2階が金融屋とは気づかなかった。意識もしなかったし、全く目に入らなかった。

金融屋の袖看板は見ていたが、その文字の中身、その意味として頭に入らなかったのだ。

世間的にどのような評価を受ける職種か,全く無頓着だった。   

夫も気づかなかったのか、2階が金融屋という事は何も言わなかった。

のんきな夫婦。

娘に「私の親は程度の差はあるが、二人とも世間知らずだ」と言われた。

夫も世間知らず?「ハハハ」と思って少し気が楽になった。

(数年後に思ったことだが、「そうか、世間知りの人は、2階が金融屋で、その1階を借りようとは思わない。だから私が見る度に、この事務所は決まらないで,ズーっと空いていたんだ。それで私は借りることが出来た。世間知らずもラッキーな事がある。何事も良い方に考えよう」)

1階だから2階の人が出入りするのが分かる。観察するわけではないが自然に分かる。

従業員と「こんにちわ」と挨拶もするようになった。2階は40代半ばの社長と男の従業員36歳ぐらいの2人でやっている。

社長はハンサムだけど、何となく冷たく怖い感じがして雰囲気が違う。

「こんにちわ」と言っても、何も言わず、サアーと行ってしまう。歩く姿を後ろから見ると、普通に歩いているようにも見えるが、少し足の動きが変にもみえる。

従業員の方は気さくで、顔を合わす度、軽く言葉を交わすようになった。

従業員の男はポスティングをするのか、時々チラシをもって出かける。

ある日、彼は私に声をかけ、

「お姉さん、(従業員は私の事をお姉さんと言う。ママとかおばさんよりまだまし)

1階のパイプスペース(ドアが付いている)に残ったチラシを入れておくので、社長に見つかるとまずいから、内緒にしておいてくれ」と言う。

全部配った事にしたいんだナーと理解して、「分かったわ」と言って人差し指を唇に宛てたらニッコリして上に上がっていった。   

従業員は、憎めない、人のよさそうな男だ。                            

そんなことがあって、従業員とは軽い会話を時々する。

でもあまり深い話はしないよう心掛けた。

従業員には、たまにお菓子をあげたり、ペットボトルのお茶をあげた。

従業員とはすれ違う時「こんにちわ」と必ず挨拶する。 

社長は素っ気ない、可愛くないので何もあげない。

ある日社長は聞こえないくらいの声で「アー」とか「こんにちは」とか言うようになった。

「ア、挨拶した」私はいつもより少し大きく「こんにちは」と返した。それ以上の事はない。私は深入りしないで、ご近所さんの挨拶程度に留めることを心掛けた。  

ある日、郵便物を入れにポストまで行った帰り、近所の人に声を掛けられ、

「2階の人はご主人?」と聞かれた。「いえ、違います」と答えた。

当時の私はその事の意味を考える知識がなかった。(この人何か勘違いしてるのかナー)なんて、気楽に思っていた。

しかし、その言葉はなぜか心に残っていて、それから数年後気づいた。

(2階は夫が金融業をしていて、その妻が1階で不動産屋をやっている)とその人は思って、私に夫婦ですか?と尋ねたんじゃないか?と。

金融業と不動産という職業は、お友達の所がある。

と、世間の人は思っているのだろう、と分かった。理解するのに時間が掛かる。