海坊主のような大男の所有者 3

「マンションの中の荷物を全部買わせてください」と私は単刀直入に提案した。

「そうか、そういう事か。気に入った」と、男はハッ、ハッ、ハッと大きな声で笑って言った。

「いくらだ?」

(私は、私なりに計算した金額(現金)を封筒に入れ持参してカバンの中に用意していた)

「はい。ここに○○万円持参しております。これで如何でしょう?」

「分かった、それで良い」

「有難うございます」男は金額については全く異論を唱えなかった。

 

(男も突然現れた我々の値踏みをしていたのだと思った。こちらの出方で全てのピースが嵌った瞬間だった。ラッキー!)

前所有者はここに至るまでの間、色々な経験があって、最後の最後、池袋を手放す覚悟もすでに出来ていたのだろう。

 

「室内一切の残置荷物譲り受けの書類を持ってきましたので、ご署名頂けますか?」

男は迷わず署名し、象牙で出来た大きな印鑑で捺印をした。

私は封筒を渡し、男は中身を確認し「これでよい」と言った。

「荷物で何か引き取りたいものはありますか?」

「ない。実は荷物をどうしようかと、考えていた。これでスッキリする」

 

(自分の荷物は色々な思い出やその時の状況を思い出し、中々片付けられないものだが、他人だとそうした経緯はゼロですから、アッサリ整理できるものです。前所有者も自身の中で懸案だった荷物が、書類一枚で片付いたと思ったのでしょう、明るい表情だった)                         

 

「金庫がありましたが、番号を教えていただけませんか」

「教えたくない」中に何が入っているかも言わなかった。

「分かりました」と、私も聞かなかった。

こうして書類にサインし、お金を受け取るのに、彼の中では今迄の思いが走馬灯のように流れた事だろう。

ここに至るまでに、税金の事で税務署とやりとりし、不愉快な思いをたくさん経験してきた前所有者はこれで終わると覚悟していた様子で、スムーズに事が運んだ。

 

「有り難うございました。突然にお邪魔し、大変失礼いたしました」

「いや、ありがとう。どうぞ仕事を頑張ってください」

私に励ましの言葉まで言ってくれた。

気持ちが晴れ晴れしたようだった。

彼と奥様(たぶん)は見送りに外まで出て来てくれた。

(彼は話の中で息子がいることを語っていた)

そして外でも「息子が・・・・・・・いや」と言って言葉を濁した。    

私たちは挨拶して車に乗った。

 

しかし、彼は息子という言葉を2度も口にした。何を言いたかったのだろう?

あれ以来前所有者と会うことは無いが、なぜか「息子」という謎の言葉が今も心に引っかかる。息子の事で心配事があるのだろう。

その心配事を話したかったのかも知れない。でも、言葉として出てこなかったのだ。

 

さて、私は前所有者からマンションの中にある荷物を全て買い取ったので、片付けることが出来るようになった。

荷物を整理してくれる業者を呼んで、室内の荷物すべて運び出してもらった。

金庫もそのままスクラップ業者の所に運ばれる事だろう。その時ドアが壊れて中のものが出てくるだろうが、私が知ることは無い。

リフォーム屋さんに壊れた所は直してもらい、設備を新しくし、クロスもすべて張替え室内を綺麗にしてもらった。部屋は見違えるように素敵になりました。

池袋から3分位の立地だったので、売りに出したらすぐ売れた。

利益も計上できました。

 

今回は、前所有者にお会い致しましたが、お部屋が空であるとか、賃借人が入居している場合は、前所有者にお会いする事はありません。

むしろ、お会いしない事例の方が多いです。

順調に進んだ物件は、書くことはあまりありませんが、こうして、少し手こずった物件等は、記憶に残ることもあり、色々書くことが出来ます。

この様に書いていると、問題物件ばかりのように見えますが、順調の方が多いです。