53 困った売主さん(4の1)

あるオーナー様から、

「Aアパートを売って欲しい」と依頼がありました。

 

そのAアパートは当社の近くにあり、オーナー様とも長くお付き合いをさせて頂ています。

 

場所は新宿に近く、20坪。

4人の入居者さんがいます。

 

オーナー様が話されるには、

 

「銀行で聞いたが、○○〇万円で売れるでしょう」と言われたので

その価格で売って欲しい。」

 

「3ケ月で入居者さんには出て行ってもらいたい。3ケ月分の賃料は免除いたします。

その後、解体して、更地にして売りに出したい」

というご希望です。

 

私は

「価格はこれから調べますが、

3ケ月で入居者さんに明け渡してもらえるか否かは不透明です。

入居者さんは、生活の基本の場所としてお借りされている訳ですから、皆さんが素直に応じられるかは分かりません。

 

イヤだ、と思われる方がいれば、半年、1年と長引くかも知れません。

売却価格は安くなりますが、入居者さん有で売却、という方法もありますよ」

 

「いや、建物を壊し、更地にして売りたい。その方が高く売れる」

 

「そうですか、取り敢えず、土地の調査をして、当社なりの判断をお知らせ致します」

と話しました。

 

 

それから、オーナー様はご自分の家庭の事情を話し始めました。

 

私は役人で、現役時代は○○省で働いていました。

仕事一筋で、家庭の事は妻に任せきりでした。

子供は、息子は2人です。

 

昔は、親の期待通りに成長してくれなかった事に不満がありました。

 

下の息子は結婚しましたが、途中離婚し、中華料理店で働いています。

将来は自分の店を持ちたいと言います。

 

長男はSNSで2年程やり取りしていた女性と結婚しました。

始めは、アレ?と思いましたが、

昔とは違うのですね。

 

今では、結婚してくれて感謝の気持ちです。

 

しかし、私の定年前、長男が交通事故に遭い、2ケ月ほど入院しました。

足に後遺症が残り、杖をついています。

 

定年から10年になりますが、

私は、現役時代は、息子たちの話をじっくり聞いてやることはしませんでした。

 

そして、

妻が病気になり、喉頭がんで手術をし、声が出なくなり、今は筆談です。

 

思えば、私は今まで家族の事に思い至らず、仕事だけを頑張ってきました。

 

仕事を頑張る事、給料を家庭に入れる事が男の仕事で、

それが家庭の幸せに繋がると思っていました。

 

しかし定年後、家族に目が行くようになって、

家族の心がしっくりいっていないことに気が付きました。

 

家族に心を寄せることなく、

私が仕事・仕事ばかりで人生を走ってきた事がいけなかったのだと、

今やっと、気づきました。

 

家族の皆に申し訳ない。

今後の私の人生は、家族への贖罪だと思っています。

 

その為に、今持っている貯金と、アパートを売って、

長男には自分の家を買ってやり、

下の息子には店を持たせてやりたい。

 

そして、妻にも心穏やかな生活をしてもらいたい。

その為に、○○〇万円で売りたいのです。

○○さん(私の名前)宜しくお願いします」

 

「とても素敵なお話で、私も嬉しくお聞きすることが出来ました。

有り難うございます。

当方でも、アパートの調査をし、ご連絡させて戴きます」

 

オーナー様は帰られ、翌日私は物件の調査を始めました。

建蔽率容積率・接道の状況・その他近隣の相場、等々調べました。