55 困った売主さん(4の3)

その5日後、又電話が掛かってきた。

 

オーナー様は勤務先で、省の事務次官とお酒を飲んだりされておられたとか、

それなりの地位におられた方の様です。

 

「セットバックの事は分かりました。

しかし、やはりあの価格で売って下さい。」

 

「お渡しした当方の調査書を、銀行さんに見て戴きましたか?」

「見せてません」

 

「どうして見せなかったのですか?」

「・・・・・・」

 

 

「当社の意見はあのレポートに示した通りで、お受けすることは出来ません。

どうぞ、他の業者さんにご相談されて下さい」

 

「ショックです」

 

と言って電話が切れた。

 

オーナーさんが、ご家族に対して贖罪の気持ちがあり、

ご自身で出来る限りの事をしたい、

それにはあの価格の金額が必要なのでしょう。

そのお気持ちはよく分かりますが、・・・

 

価格は自身の気持ちで決められるものではありません。

それを、ご自身の中でどうしても受け入れられない様子です。

オーナーさん所有の土地が、何か特別な付加価値があり、

買主が是非欲しいと言う土地なら別ですが、残念ながら普通の土地です。

 

民間の商取引を理解しておられるのでしょうか?

 

又、電話が掛かってきました。

 

「入居者さんに退室のお願いをしたいが、どうしたら良いか?」

 

「当社はお手伝いすることが出来ませんので、ご自身でお伝え下さい。

皆様には穏やかに話された方が良いですよ」

 

「分かりました」

 

又、電話が掛かってきた。

 

「昨、日曜日、手紙を持って皆さんのお部屋を訪ねました。1部屋だけご在宅で、

後はお留守でしたので、ドアに手紙を下げてきました」

「そうですか。当社はお手伝い出来ませんから、御報告いただかなくても良いですよ」

 

何だか私も冷たい表現になってきました。

 

しかし、お断りしたのに、

オーナー様も諦めない、粘り強い方です。

 

オーナー様は穏やかな話し方をされる方です。

 

「ありがとうございます」

「お世話になっています」

「申し訳ない」

等々、会話の中で頻繁に使われます。

 

しかし、ご自分が決断した事は頑なに揺るぎません。お気持ちは硬いです。

 

お役所の中では、粘り強い、そうした態度で、ご自身の要望が通ったかも知れませんが、

 

私はオーナー様の部下ではありません。

 

お役人気質のままなのかナー

申し訳ないと思いますが、私は私の判断で動きます。

 

その後、当社が入居のお世話をした方からお電話がありました。

 

「突然、オーナーさんから建物を取り壊すので、2月に退室してほしい。

賃料は3ケ月分は免除します。と手紙が来ました。

 

引っ越しは構わないけれど、3ケ月分の賃料免除だけでは費用が足らない。

オーナーさんの条件は一方的だ」

という。

 

「退室についての条件は、オーナー様のご判断なので、どのような条件かは

オーナーさんと話し合って下さい。

退室交渉については、当社はタッチしないと、オーナーさんにも伝えてあります」

と返事した。

 

その後、彼は東京都の「不動産相談窓口」に相談した様子で、又電話が掛かってきた。

 

都の担当者は

「3ケ月のお家賃免除は少なすぎる。

建物を壊すのにクリーニング費用を取るのはおかしい」と言われた。

 

その事をオーナーさんに伝えると、

 

「クリーニングして壊すので、クリーニング費用はご返却出来ません。」

と言われたと言う。

 

私は、「前回にもお話ししましたが、退室の条件についてはオーナー様と話し合って

決めて下さい。当社が決めることは出来ません」と伝えた。

 

やはり、双方の想いが、かなり食い違っているようです。