法学部を卒業する半年前、いつも通る所に貸事務所の募集が貼ってある事務所があった。
新築の4階建ての小さなビルだったけれど、1階は暫く空いているようだ。そこを通る度に気になって物件を見る。「まだ決まってないんだ」
その場所は道路拡幅で、建物が壊されたり、まだ古い家がそのままだったり、工事現場があり混然としていた。
工事中だから綺麗な街並みではないが、ここは変化しようとしている所なのだ。
全てが終われば綺麗に整うだろうと思い、興味がわいた。
前を通る度に気になるのだから、私を呼んでいるような気がする。
「エイ! ここを借りちゃえ」と、その事務所を借りることにした。
このビルを管理している不動産屋で契約をした。
不動産業を開業するには1000万円を法務局に供託するか、不動産協会に加入するかしなければならない。協会に加入する方が金額はずっと安い。
色々調べていると、協会に加入するには同協会員の紹介者が必要らしい。「どうして?」
と思うが、入会する前だから逆らえない。
契約をした不動産屋の社長に相談した。優しい人で、「いいよ」と快く引き受けてくれた。
(紹介者がなくて協会に入れない人もある)
「ありがとう」感謝です。
会社を作って登記した。登記は夫も手伝ってくれて、二人でした。
新しい会社には、机・いすを運び入れ電話やファックスを入れた。家のテーブルとは違い、事務所の雰囲気に少しワクワクした。
名ばかりの社長になって一人事務所を見渡した。家庭の台所とは違い、別の世界に居る神秘的な満足感があった。
一応、毎日事務所に出勤しなければならない。
私は寝坊で、おまけに動作が鈍いので、10時開店にいつも30分は遅刻する。
遅刻しても行くことが大切だと思って、あくびしながら毎日頑張った。
その内この生活に体も慣れてくるだろう。
具体的な準備をして借りた訳ではないから、何をして良いのか分からない。
知り合いもいないから、開店祝いのお花もない。
会社は静かだ。本を持って行って読書する日々。電話なんて1本も掛かってこない。
この先どうなるんだろうと言う不安もよぎる。