41 生活保護を受けたくない賃借人

力が及ばない辛い話もありました。

 

ある日の夕方、長くお部屋を借りている人が店に来た

「僕、病気なんです」と言う。(55歳)

彼はコンビニで働いているが、仕事中に倒れるという。(彼は北海道出身)

 

「北海道に連絡できる身内の人は?」

「いません」

 

「病院で診察してもらった?」

「仕事が忙しくて行けない」と言う。

 

店主から「今度倒れるようなことがあったら、辞めてもらうからな」

と言われたらしい。

 

「仕事がなくなると生活できなくなる」と不安げだ。                     

 

私は

生活保護の申請をしたらどうかしら、最低限の生活は保障されるし、病気の治療費も出る事になるわよ」

と話したが、彼はOKしない。

 

「どうして?」と聞いても答えない。

 

「ひょっとして借金がある?」と聞くと、うなずく。     

 

「幾らくらい?」黙っている。

 

「100万はある?」うなずく。    

「いくらなの?」答えない。

 

「借金があっても良いから、生活保護を受けられれば

コンビニをやめても生活ができるし、自己破産申請をすれば借金の心配をしなくても良いし、借金の減額制度もあるし、私も力になってあげるから。

まず、体を治すことが一番よ」

 

「病気が治れば、心も元気になるし、今後の人生についても良い考えが浮かぶ

と思うわ」

 

「役所に行きにくいのだったら、私が一緒に付いて行ってあげるから行きましょう、

このままでは体の方が駄目になるわよ」

 

私が強く勧めたら彼はOKした。

 

「今日はもう5時10分前で、役所は5時迄で間に合わないから、明日タクシーで行きましょう。朝10時に来てね。待っているから」

 

彼は「はい、分かりました」とOKした。   

 

帰り際

「電気も止められているので、1万円を貸してくれませんか」と言う。

 

こういう形で、お金を貸すのは、ウーンいやだな、と思ったけれど、

行きがかり上、仕方がないので貸した。

 

翌日10時に待っていても彼は来ない。

10時15分ごろ電話があり、

「役所には行かない」という。

 

「どうして」と聞いても答えない。

「昨日は一緒に役所に行く気になっていたでしょ。気持ちが変わったのはどうしたの?」

答えない。

 

30秒ほど無言が続いた。

 

本人が行く気がなければ仕方がない。

 

「気が変わったら言ってね。待っているから」と電話を切った。

 

その後1週間程して、気になるので電話をしたが通じない。

手紙を入れたが返事がない。

何度か行ったが出てこない。

 

前出の「ギャンブルにはまった男性」の様に、

又嫌な予感がして、警察官に立ち会ってもらい鍵を開け中を見てもらった。

 

警察の方が、「亡くなっています」という。                 

 

遺体は警察に運ばれて行った。

 

警察の検視の結果、死因は大動脈解離という事だった。

 

警察が身元を調べ、北海道の彼のお兄さんに連絡を取った。

 

彼が北海道を出てから何十年も音信不通だったとか、

しかしお兄さんは遺骨を引き取って帰って行かれた。                     

 

私には色んな思いが浮かんだ。

彼はなぜ生活保護の申請を拒んだのだろうか?

北海道の身内のお兄さんの事は私に話さなかった。

(身内はいない。と言っていた)

 

若い時東京に出てきて田舎とは縁を切ったのだろうか?

家族との間で、そんな事態になる何かの事件や思いが、あったのだろうか?

東京で一人寂しい・孤独な生活だったのではないだろうか?

 

生活保護申請といえば、必ず身内を調べられ連絡が行く。

それを好まなかったのだろうか?

1万円で、最後にほんの少しでも好きなものを食べてくれただろうか?

 

一人孤独に暮らしている人には、

胸の内を話せない悩みを抱えている人がいる。

何故話すことが出来ないのだろうか?

悩みを自分で抱え込んで、袋小路になって、自身でもどうにも出来ない状況なのに、

それでも話すことが出来ない。

 

「人に話しても仕方がない」

と思っているのだろうか?

 

こうしたらどうかしら? 

ああしたらどうかしら?

と言われる事が嫌なのだろうか?

 

生活保護受給で生活が楽になるわよ。

病気の治療が受けられるわよ。と言われても、

 

これ迄の人生の出来事や思いが、

彼の心の中の、

自身の誇りや尊厳を守られない、と思うのだろうか?

人間は、一人ひとり、それぞれに繊細だ。

 

もう、彼に尋ねることは出来ない。

安らかにと祈る。