競売の占有屋 2

後日、○○さんは又来た。

早速金額の話になり、彼の金額は私が提示した金額より40万円高かった。

「そうですか。そこまでは難しいので、真ん中を取って20万円上乗せで如何でしょう?〇〇さんと当社と半分ずつ痛み分けとなります。承知して頂けるなら、今ここで半額お渡しし、お部屋の引き渡し時、半額をお渡しすることが出来ます」

すると、男は「それで良いです」と言う

お話が成立したので、私はお金を用意し、前もって作成していた合意書の書面に合計金額と、本日に半額、引き渡し時に(1週間後)残額、という書類に彼のサインと印鑑をもらった。        

彼はニッコリした顔になって帰って行った。(以外にアッサリしていた)

その1週間後、私は残金を持って、一人でマンションへ行った。

 

男性が1人で住んでいたのだから、どんなんだろう?(汚れているに違いない。彼はお金さえ手に入ればよいのだから)、私は少し気にしていた。

 

○○さんは部屋で待っていてくれた。

汚れていると思っていた部屋は、ビックリ、きれいに片付いて何もない。

トイレもシンクもお風呂も奇麗に掃除をしてあった。

ピカピカとまでは行かないが、清潔感を感じられる位だ。雑巾がけをしたり、洗剤で掃除した様子が分かる。

「あら、○○さんこんなに奇麗にして引き渡して下さって、感激です。有難う」  

「いえ、良いんです」

「エアコンとか給湯器の調子はどうですか?」

「給湯器は問題はないですが、だいぶ年数が経ってます。エアコンは効きが悪いです」

「そう、やはり住んでる方に聞くのが一番だから、助かるわ。有難う」

初めて会った時、怒鳴って、男を出せ!と言った人と同じとは思えなかった。

本当は可愛い所があるんだ・・なんて考えながら、 

「残金を持ってきたので、確認してこの領収書にサインをお願いします」

「はい、わかりました」彼はおとなしい男性になっていた。

彼は領収書にサインをし、鍵を渡してくれた。

そして、「有難うございました」と言って、ペコリお辞儀をした。

「身体に気を付けて元気でネ」

「はい」と、ニコッとして部屋を出て行った。

この占有屋さん、気持ちのやさしい人なのかも。

場面が違えば「いい人だナー」と思ったかもしれない。

初めてお店に来た時は、彼は緊張してたのね。頑張ってやくざ風の演技を練習してから来たのじゃないかしら?

以前読んだ夏目漱石の小説、「こころ」の中で漱石

「平素はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです」と書いている。

私は、占有屋さんに対して、「こころ」の文面を思い出していた。

そうした優しい心を持ちながら、欲が出た時、心が変わる時があるのだ。

人間は善と悪、両方を心の中に持っている事を忘れてはいけない。

人は状況により、良い顔が出たり、悪い顔が出たりする。

私は、相手を観察しながら、良い顔が出るように環境造りをし、良い顔と話が出来るように心掛けている。(しかし、いつもいつも成功する訳ではない)

その後、その占有屋さんとは二度と会うことはなかった。

お部屋をリフォーム屋さんに見てもらい、エアコン、蛍光灯、給湯器等を取り替え、クロスを張り替えたり、より奇麗にして賃貸に出した。            

新宿に近いこともあり、入居者さんもすぐ決まった。

占有屋さんにお支払いした金額も、回収することが出来た。

(このマンションは数年賃貸し、その後売却した)