62 忘れられない賃借人 3

その次、彼がお家賃を支払いに来た時、

 

「近くの不動産屋3件に頼んだが、

荒れたお部屋を見て、登記簿を見てビックリして断られた」

 

「どうかお願いです。助けてください」と頭を下げる。

 

私は困った。

飯田さんの内情も、病気の事も知っている。

一生懸命頑張って働いている事も知っている。

家賃は遅れても、何とか支払おうと誠実に努力している事も知っている。

 

(しかし、このまま切り捨てようか?と悩む)

 

当社はただの大家だ。

家賃を入れてもらえばそれで良い。

 

保証会社にも入っているので、家賃を支払わなければ、

保証会社が追い出してくれる。

そういう関係だから・・・

 

私が「難しいわね」と言ったら、

飯田さんはその日は諦めて帰って行った。

 

 

この話は夫にも話していたが、

「あまり深入りするな。君子危うきに近寄らず。だ

面倒な事になって、君に被害が及ばないか心配だ」と言う。

 

 

次に来た時も同じ。

飯田さんにとっては必死の思いなのだろう。

 

 

 

とうとう、私は根負けして、

 

「やるかどうかは分からない。

部屋を見てみるから鍵を置いて行って。

 

未だ決めた訳ではないから、喜ばないで。

 

賃貸借契約には登記簿謄本を添付しなければならないから、

お客さんの方で逃げ出すかも知れないわよ」と話した。

 

「有り難うございます」と彼は嬉しそう。

(まだ決めた訳じゃないから・・・・)

 

私はリフォーム業者と一緒に見に行った。

 

広さは約42㎡、2部屋とキッチン、バストイレ別のお部屋だ。

部屋の仕様が昔風で、しかも長く空き部屋だったから、色々手を入れなければ駄目だ。

 

エアコン・照明・給湯器は取り換え、和室は洋室に、クロスも張り替え、建具にも問題あり、

ざっと130万は軽く超えそう。                    

飯田さんにそんなお金がある訳ない。

 

と思いながら、

一応リフォーム屋さんに器具の品番とか写真に撮ってもらい、

クロスの寸法等を測ってもらっておいた。             

 

暫くして、家賃を支払いに彼が来た。

 

「どうでした?」

と、心配そう。

 

「現状のままだと賃料が安くても、誰も入居したいと思わない。

奇麗だナー、借りたい、と思ってもらわないとネ。

 

それに、重要な事は、告知内容にも納得してくれる方でないと」

 

「工事費用は130万は軽く超えます。準備出来る?」             ㉘

 

「そんなお金ないです。

入居してもらった家賃から取って下さい」

 

「どうするか考えるから、5日後に来てちょうだい」    

 

飯田さんは5日後に来た。

 

私は次のような条件を出した。

工事の見積もりは出てないから、金額はまだ確定していないけれど、

 

まず

・工事費用はこちらで立て替える。

・入居者が決まったら、6ケ月間の賃料は当社が全額受け取る。

   (それでも工事費用はまだ残るから)

・7ヶ月目からは、賃料の半額を返済に回し、賃料の半額はあなたの手元に入る。

(少しでも早くお金が手元に入った方が良いでしょ)

・工事代金全額払い終わったら、賃料はすべてあなたに入るようになる。

・内装については一任する

・賃料についても一任する

 

こういう条件でどう?

 

「有難うございます。

嬉しいです。

それで良いです。

お願いします」

 

二つ返事だった。 

 

彼に説明した内容を書類にし、サインしてもらった。