64 忘れられない賃借人(7-5)

飯田さんの心臓の病気は一進一退だった。

足が腫れてお店の立ち仕事も辛いようだが

 

「お店の収入がなければ生活できない」と言って彼は頑張っている。           

 

家賃を持参してきたとき、

彼は

「肝臓にガンが発見され、手術しなければならない」と話す。

心臓から、ガンと彼も満身創痍だ。

 

手術は成功し、彼は又店に戻ってきた。

明るく働いている。

 

「馴染みのお客さんも心配してくれて、再開店を喜んでくれた。」

 

お店で働くことが彼の心の支えのように思える。                          

時には奥さんも私の会社に顔を出すことがある。            

 

そんなある日、

わたしも大腸がんになりました。と言う。

(エーお二人とも‥・・・)

 

奥さんの方はすぐ手術して、その後は再発もなく順調らしい。

良かった。

 

飯田さんの方は大変ながらも小康状態が続いた。

 

しかし、病院から

「ガンの、ある数値が非常に上がっている」と言われたらしい。

 

「自分ではそんな自覚はない。

器械が間違っているんじゃないですか」と医者に言っら、

 

お医者さんから

「こんなに数値が上がっているのに、元気なのはおかしいナー」

と言われたらしい。                

 

此の頃から彼は店を休む日も多くなり、家賃の全額を支払えなくなっていた。

病院の費用も大変なのでしょう。

 

「すみません。」といつも謝っていた。

 

「最近、家内は家でアルコールばかり飲んでいる。

もし、私に何かあったら・・と、

今後の事を心配しているようだ。

やめろ、と何度言ってもやめない。

 

この間なんか救急車で運ばれたんだ。これで2度目だ。」と言う。

 

彼も奥さんも辛そうだ。   

 

間もなくして、

 

ガンが転移している事が分かり彼は再入院した。

今度は危なそうだった。

 

その後、治療の手段が無くなったのか、

自宅療養に変わった。

 

お医者さんも手の付けようがない状況と判断したのでしょう。

あまり長くないかもしれない。

と私は思って、お見舞いに行きました。

 

彼はリフォームしたあの部屋で、ベットに寝ていた。

(息子夫婦は子供が出来たので、引っ越していた)

 

3階で見晴らしがよく、

天気の良い日は遠くに富士山が見える部屋です。

 

「飯田さん景色の良い所に寝てますね。

少しやせたけどお元気そう」

 

彼はやつれて体も細くなっているけれど、よく話してくれる。

 

「お口も達者でよかったわ」 

          

「色々お世話になり有り難うございます。家賃も払えなくて申し訳ございません。

連帯保証人の母親がお金を持って

いますから、請求してください。」

 

「早く元気になって、お店で働いて自分で払ってちょうだい。

可愛いお孫さんの成長を見守ってあげなくちゃ」

と言って二人で笑った。

 

奥さんは側にいたが一言も話さなかった。

 

「じゃあ、又来るわね」

お見舞いの封筒を置いて外に出た。         ㉚

 

奥さんがドアの外迄見送りに来て、

 

「あの人もう駄目なんです」と目を潤ませていた。

 

 

「分かってる。

 

二人でよく頑張ったじゃない。

側にいてあげて、

手を握ってあげるだけで良いのよ」

 

「はい」と彼女はうなずいた。目には涙が・・・。

 

私は肩をたたいて、手を振った。

 

それ以上の事は言えなかった。

クリスマスイブの日だった。