65 忘れられない賃借人(7-6)

正月の松の内が明けて、奥さんから電話が掛かってきた。

 

「夫が、12月30日に亡くなりました。家族で葬儀を済ませました」

 

私は、翌日香典を持ってお線香をあげに行った。           

彼女は憔悴しきっていた。

 

「お酒を飲んでいるんじゃない?」彼女は頷いた。

 

「あなたがしっかりしないとご主人が悲しむでしょ。アルコールは控えてね」   

 

「はい。」

 

 

 

「アノー、・・・・・・・・お店の事は出来ません。すみません。宜しくお願いします」

 

と思い詰めていた事を一気に言葉にしたように早口で言った。

 

彼女は頭を下げたまま私の顔を見ない。

 

エー、困った。

 

店は営業当時のまま、鍋も流しにつけてあるし、

大きな冷蔵庫の中には食材料があり、

 

テーブル・椅子・食器等はそのまま。

 

元気なら明日から開店できる状態だ。

 

(これ、どうするの?

 

アルコール依存症になっているこの奥さんには無理だよね。)

 

私は頭痛がしてきた。          

 

 

連帯保証人の、彼の義母は再婚当時から宗教にはまっていて、

年季が入っていると聞いている。

 

義母は亡夫から相続した多額の財産・不動産や賃料収入のお金があるが、

その一部を献金しているらしい。

 

現在、89歳だが病気もなく元気にしている。

週5日位、教祖様の身の回りのお世話をしに通っていて、

何事も教祖様に相談し、指示を仰ぐらしい。 

(義母は高齢だけれど、教祖様は義母より1つ上らしい。

お世話をする方もされる方も高齢で大変。)

          

義理の息子夫婦を、

「信心しないから、病気になるんだ」と常々怒鳴っていたらしい。

(信心しないから、という言葉はスナックのママからも聞いたことがある。と思い出した)                           

 

しかし、義母は、契約上連帯保証人で、今や義母しか居ないのだから、

当方は、義母に請求するしかない。

 

お店に行って写真を何枚も撮った。

(後で必要になるだろうと思って)

 

業者を呼び、荷物を全部運び出し、スケルトン状態にする費用を2社に見積ってもらった。

 

管理人がいるビルなので、

管理人とうまくやってくれそうな業者にしたい。

 

見積もり金額が出た。

未納賃料も計算して、全体の金額を把握する事が出来ました。

保証金も預かっているけれど、未納賃料・撤去費用をカバーするには、とても間に合わない。

 

私は義母と3度ほど会っているが、

 

心配事があると教祖様・税理士・弁護士等に相談するしっかりした所がある。

顔見知りであるし、なるべく長引かせないで片付けようと思ったので、

弁護士に依頼することにした。

 

契約書・連帯保証人に関する資料・写真・工事見積書等、必要な書類を揃えて、

知り合いの弁護士にお願いした。                   

 

弁護士は訴状を裁判所に提出した。